糖尿病とうつ病の併存-血糖コントロールと気分の関連メカニズム

糖尿病とうつ病の併存-血糖コントロールと気分の関連メカニズム

糖尿病とうつ病の関連は、単なる心理的な問題だけでなく、体内で起こる生物学的なプロセスに深く根差しています。両者に共通する生理学的な経路を理解することは、より効果的な治療戦略を考える上で不可欠です。

3.1 中心的な役割を担う「インスリン抵抗性」

インスリン抵抗性とは、血糖値を下げるホルモンであるインスリンが作られてはいるものの、筋肉や脂肪細胞がそれにうまく反応しなくなり、結果として血糖値が下がりにくくなる状態を指します 2。画期的な研究により、このインスリン抵抗性自体が、糖尿病の診断がつく以前から、うつ病を発症させる強力な生物学的リスク因子であることが明らかになりました 2

これは、血糖をコントロールする体のシステムと、気分を調節する脳のシステムが、分子レベルで連携していることを示す重要な証拠です。米国成人の3人に1人がインスリン抵抗性を持つとされ、この隠れたリスクがいかに広範な問題であるかがわかります 2

3.2 ストレスホルモンの連鎖反応

うつ病や慢性的な心理的ストレスは、体内で「ストレスホルモン」と呼ばれる物質(コルチゾール、アドレナリン、ノルアドレナリンなど)の分泌を促します 10。これらのホルモンには、体が緊急事態(闘争か逃走か)に備えるため、血糖値を直接上昇させる作用があります 10。うつ状態が続くと、これらのホルモンが常に過剰に分泌され、インスリンの働きを妨害し続けるため、血糖コントロールが極めて困難になります 10

3.3 体内の静かなる火事:慢性炎症

近年の研究では、糖尿病とうつ病の双方に共通する病態基盤として「慢性炎症」が注目されています 4。体内で微弱な炎症が持続する状態が、インスリン抵抗性を悪化させると同時に、脳の神経伝達物質のバランスを崩し、うつ症状を引き起こす一因になると考えられています。

3.4 血糖値の乱高下と脳への影響

動物モデルを用いた研究から、非常に示唆に富む結果が得られています。それは、持続的に血糖値が高い状態よりも、高血糖と低血糖を頻繁に繰り返す「血糖不安定(ブリットル)」な状態の方が、精神状態に悪影響を及ぼすというものです 13。この血糖値の乱高下は、ラットにおいて「学習性無力状態」という、うつ病のモデルとされる行動を引き起こしました 13。これは、血糖値の平均値だけでなく、その変動の激しさ自体が、脳にとって大きなストレスとなることを物語っています。

この発見は、糖尿病管理における新たな視点を提供します。従来、治療目標の中心はHbA1c(過去1~2ヶ月の平均血糖値を反映する指標)の改善に置かれてきました。しかし、血糖の安定性が精神的健康にこれほど重要であるならば、HbA1cの値だけを追求するアプローチは不十分かもしれません。例えば、HbA1cが良好な値であっても、日々の血糖値が激しく上下している場合、それはうつ病のリスクを高める隠れた要因となり得ます。特に、重症低血糖がうつ症状の強力な予測因子であるという臨床データは、この仮説を裏付けています 9

したがって、訪問看護師が血糖自己測定ノートを確認する際には、平均値だけでなく、その変動幅(特に低血糖の頻度と深度)に注目する必要があります。治療方針の協議においても、「いかに血糖値のカーブを滑らかにするか」という視点が、患者のQOLを維持・向上させる上で極めて重要となるのです。

引用文献

2:「うつ病」は糖尿病予備群の段階でリスクが上昇 「インスリン抵抗 …, 8月 31, 2025| https://dm-net.co.jp/calendar/2021/036124.php

9:23659353 研究成果報告書, 8月 31, 2025| https://kaken.nii.ac.jp/en/file/KAKENHI-PROJECT-23659353/23659353seika.pdf

10:うつ病と糖尿病|メカニズム解説#脳科学者 – YouTube, 8月 31, 2025|https://www.youtube.com/watch?v=VeLl71d2dcw

13:糖尿病におけるうつ病の罹患率は高率で, 8月 31, 2025| https://www.ompu.ac.jp/education/g_med/doctor/degree/results/result/H25/o1122.pdf


Comments

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です