AIは「答える」、精神分析は「問い続ける」〜AI時代におけるメンタルケアの本質〜
現代は、スマートフォン一つで手軽にAI(人工知能)へ悩み相談ができる時代になりました。「眠れない」「仕事に行きたくない」「漠然とした不安がある」といった日常のメンタル不調から、対人関係の深い悩みに至るまで、AIはいつでも私たちの言葉に耳を傾けてくれます。深夜であっても即座に返答があり、誰にも知られることなく秘密を打ち明けられるAIメンタルケアは、多くの人にとって魅力的なツールです。
私たち訪問看護ステーションは、三鷹市や武蔵野市、西東京市といった多摩地域を中心に、精神疾患を抱える方々やそのご家族のもとへ日々足を運んでいます。玉川上水沿いの木漏れ日や、井の頭公園の豊かな自然など、西東京エリア特有の穏やかな風景の中を自転車で走りながら、利用者様一人ひとりの心に寄り添うケアを提供してまいりました。そうした現場で「生の人間によるケア」を提供する中で、AIによるケアと人間の専門家によるケアには、決して代替することのできない決定的な違いがあることを強く実感しています。
本連載の第1回では、精神分析の視点から、AIがもたらす「答え」の危うさと、専門家が「問い続ける」ことの真の意味について深掘りしていきます。
AIがもたらす「即座の答え」と一時的な安心感
AIメンタルケアの最大の特徴は、膨大なデータに基づき、論理的で適切な「答え」や「解決策」を即座に提示してくれる点にあります。
私たちが心に苦痛や不安を抱えているとき、人は「一刻も早くこの苦しさから逃れたい」「自分がなぜこんなに苦しいのか、理由を知って安心したい」と強く願うものです。得体の知れない不安に苛まれているときほど、その不安に名前や理由を与えてくれる存在を求めます。心理学の用語を借りれば、これは「認知の閉鎖欲求(曖昧な状態を嫌い、早く明確な答えを出して安心したいと望む欲求)」が高まっている状態と言えます。
AIに今の辛い状況を入力すると、AIは言葉のパターンを分析し、「あなたは今、非常に強いストレスを感じており、〇〇という状態に近いかもしれません。まずは休養を取りましょう」と、綺麗に整理された回答を返してくれます。この「診断」のような答えをもらうことで、私たちは「自分の状態がわかった」「AIに理解してもらえた」と感じ、一時的に大きな安心感を得ることができます。
しかし、精神分析の観点から見ると、この「わかった」という感覚には大きな陥穽(落とし穴)が潜んでいます。「わかった」と思い込むのは、不安をなくして安心したい自分の都合に過ぎないと考えられているからです。生々しい感情と向き合う苦痛を避けるために、理屈や分類で頭だけで納得しようとする「知性化」という心の防衛機制が働いているに過ぎないのです。
「人は自分のことを知らない」という大前提
ここで重要になるのが、精神分析における「人はそもそも自分のことを知らない」という大前提です。
私たちが「これが自分の悩みだ」と言葉にして語るとき、それは意識の表面に浮かび上がってきた氷山の一角に過ぎません。心の奥底(無意識の領域)には、自分でも気づいていない複雑な葛藤、過去の経験から生じた見捨てられ不安、あるいは自分でも認めたくないようなドロドロとした感情が沈殿しています。
本当の悩みは、言葉にして綺麗に説明できるほど単純なものではありません。しかし、私たちがAIに相談する際、入力できるのは「意識できている表面的な言葉(要求)」だけです。AIはその表面的な言葉だけを文字通りに受け取り、処理し、もっともらしい答えを返します。
もし私たちが、AIが提示した「模範的な答え」に飛びつき、「私の悩みはこれだったんだ」と納得してしまえば、どうなるでしょうか。本来向き合うべきだった無意識の葛藤や、「なぜ本当の悩みに気づけないのか」という深い自己探求のプロセスが、そこで強制終了されてしまうのです。表面的な問題解決によって一時的に心が楽になったとしても、根本的な心の根っこにある問題は手付かずのまま残されてしまいます。

AIは「答え」を出し、専門家は「問い続ける」
精神分析家・西見奈子氏が指摘するように、AIと人間の専門家の決定的な違いは、「AIは答え、精神分析(人間の専門家)は問い続ける」という点に集約されます。
精神科訪問看護師や心理士などの支援者は、利用者様から悩みを打ち明けられた際、すぐには「答え」を出しません。「あなたは〇〇だから、こうすれば解決しますよ」といったアドバイスを性急に行うことは、むしろケアのプロセスにおいて避けるべきこととされています。
専門家は、利用者様の言葉の裏にある「本当の痛み」に焦点を当てます。「なぜ今、その言葉を選んだのだろうか」「その怒りの奥には、どのような悲しみが隠れているのだろうか」。答えを出す代わりに、沈黙を共有し、「もう少し、そのお気持ちについて聞かせていただけますか?」と問い続けます。
効率性やタイムパフォーマンスが重視される現代において、「すぐに答えをくれない」人間の専門家のアプローチは、まどろっこしく、時に冷たくすら感じられるかもしれません。しかし、すぐには答えの出ない曖昧な状態(宙吊りの状態)に留まることこそが、メンタルケアにおいては極めて重要な意味を持ちます。
「問い続ける」ことでのみ到達できる回復
心理学や精神医学の世界には「ネガティブ・ケイパビリティ(Negative Capability)」という言葉があります。これは「答えの出ない事態に耐える力」を意味します。
自分の心がわからない、どうしていいかわからないという不安で押しつぶされそうな状態を、支援者という「他者」と共に見つめ、耐え続ける。AIのようにすぐに白黒をつけるのではなく、グレーな状態のまま、痛みを共に抱え込む(コンテインする)こと。三鷹や西東京の穏やかな自然がゆっくりと四季を巡るように、人の心の回復にもまた、じっくりと時間をかけるプロセスが必要です。このプロセスを通じて初めて、利用者様自身の内側から、「ああ、私は本当はこうして欲しかったんだ」という、血の通った真の気づきが生まれるのです。
AIが与えてくれるのは、外部から持ち込まれた「情報としての答え」です。一方、専門家との対話を通じて「問い続ける」ことで得られるのは、自分自身の内側から湧き上がる「納得と変容」です。精神病理の深い部分に触れ、回復へと向かうためには、この痛みを伴う自己探求のプロセスをショートカットすることはできないのです。

おわりに
AIメンタルケアは、一時的な不安の軽減や、思考の整理には役立つ素晴らしいツールです。しかし、人間の心の奥深くにある「本当の悩み」に気づき、それを根本から癒していくためには、やはり「問い続ける」ことのできる生身の他者の存在が不可欠です。
効率的な解決策(答え)を提示するテクノロジーと、非効率であっても心に寄り添い(問い続ける)人間。どちらか一方に偏るのではなく、それぞれの本質的な違いを理解することが、これからの時代のメンタルケアの第一歩となります。
次回、第2回では、「自分がわからない」という一見すると不安な状態が、実は人間の精神的成長にとってどれほど重要な意味を持つのか、そして人間同士の対話で生じる「わかってもらえない」という摩擦の価値について紐解いていきます。
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【参考・引用文献およびURL】


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