前回の記事(リンク:第2回「職種で違う?気の張りと免疫の不思議な関係」)では、職種によって「気の張り方」は違っても、その緊張が一時的に体の防衛システムを強固にし、ホッとした瞬間に体調を崩しやすくなるというお話をしました。
そして、最後に一つの大きな疑問を投げかけました。 「気が張っている時、私たちは『本当に』風邪のウイルスを完全に跳ね返しているのでしょうか?もしかすると、気合で症状を感じていないだけだとしたら……?」
今回は、この疑問の核心に迫ります。ミクロの世界で起きている免疫細胞たちの緊急出動と、私たちが風邪の症状を感じなくなる驚きのメカニズムについて、日本の研究機関による最新のデータなども交えながら解説します。
ミクロの「緊急出動命令」:新青梅街道を駆けつけるように
「ストレスは免疫力を下げる」とよく言われますが、これは何日も続く「慢性的なストレス」の場合です。数時間程度の短期的な「急性ストレス(気の張り)」の場合、体は逆に、一時的に免疫機能をブースト(強化)させる反応を示すことがわかっています。
私たちの体内では、まさに漫画「はたらく細胞」のような世界が繰り広げられています。
通常、白血球やリンパ球などの免疫細胞(兵隊さん)の多くは、脾臓や骨髄といった体内の「兵舎」で待機しています。しかし、私たちが精神的な緊張状態に入ると、脳からの指令により、副腎からアドレナリンやコルチゾールといった「ストレスホルモン」が放出されます。
このホルモンが、体内全域への「警報」となります。警報を受けた免疫細胞たちは、一斉に兵舎から血流へと飛び出し、皮膚や喉の粘膜など、ウイルスが侵入しやすい「最前線」へと急速に大移動(トラフィッキング)を始めます。
たとえば私たち訪問看護師が、利用者様の急変の知らせを受け、田無や保谷の住宅街を抜け、新青梅街道を急いで車で駆けつける瞬間。まさにあの時、私たちの体内でも、免疫細胞たちがサイレンを鳴らして最前線へと急行し、外部からのウイルスに対する防御壁を一時的に強化してくれているのです。
交感神経の「集合命令」:大阪大学が解明したメカニズム
この「気の張り」と免疫の関係については、日本国内でも世界をリードする研究が行われています。
緊張時に活発になる「交感神経」は、さらに微細なレベルで免疫細胞をコントロールしています。大阪大学の研究(2014年発表)によれば、交感神経から放出される物質が、リンパ球という免疫細胞の動きを精密に制御していることが解明されました。
この研究での驚くべき発見は、「交感神経が刺激されると、リンパ球が『リンパ節』という場所から外へ出るのをストップさせる」という点です。 一見すると全身のパトロールが手薄になるように思えますが、実は違います。リンパ節はウイルスと出会う確率が最も高い「関所」のような場所です。そこに免疫細胞を留まらせて大集結させることで、より効率的に、強力に敵を攻撃するための「集合命令」として機能しているのです。
【図解】交感神経による「集合命令」シミュレーター
ボタンを押して、リンパ球(免疫細胞)の動きを確認してみましょう
「風邪をひかない」の真実:症状の隠蔽(マスキング)効果
さて、ここからが前回の疑問への答えです。「気が張っているから風邪をひかない」というのは、主観的な事実ではありますが、「実際にウイルスに感染していない」ことと同じとは限りません。
実は、私たちが感じる風邪の症状(発熱、喉の痛み、だるさなど)は、ウイルスそのものが体に与えるダメージよりも、免疫システムがウイルスと戦うために起こす「炎症反応」によって引き起こされます。
「気が張っている」間に分泌される高濃度のコルチゾールやアドレナリンには、強力な「抗炎症作用」があります。つまり、これらのホルモンが、免疫システムが戦う際に起こす炎症(=症状)を強力に抑え込んでいるのです。
その結果、**「体の中ではウイルスと激しく戦っていて(感染している)、本来なら症状が出るはずなのに、気合(ホルモン)の力で症状を感じなくなっている(マスキングされている)」**状態にあると考えられます。
訪問看護師が「西東京市内を自転車で何件も回り、どんなに忙しくても不思議と風邪ひとつひかない」と感じている時、実はウイルスを完全に防いでいるのではなく、「症状を感じない状態で、体が無理をして稼働し続けてくれている」可能性が高いのです。
プロフェッショナルとしての誇りが、消耗を防ぐ
最後に、心理学的な側面からも体を守る仕組みがあります。「認知的評価」という理論によれば、プレッシャーを感じる状況を「脅威(避けたい)」ではなく、乗り越えるべき「挑戦(チャレンジ)」と捉えることで、免疫系の反応効率が向上することが示されています。
「地域の利用者様を支える」というプロフェッショナルとしての誇りを持って業務にあたる看護師や、ご家族を必死に介護されている方々の前向きな心理状態は、まさにこの「チャレンジ評価」に該当します。この前向きな気持ちが、過剰な身体的消耗を防ぐ一助となっているのです。
まとめと次回予告
いかがでしたでしょうか。第3回では、「気の張り」が免疫細胞を最前線へ緊急出動させる仕組みと、風邪の症状を気合で感じなくさせている「隠蔽工作」の真実について解説しました。
私たちの体は、プロ意識や強い愛情に応えるように、素晴らしい仕組みで無理がきくように守ってくれています。しかし、スカイタワー西東京(田無タワー)の灯りを見て「今日も一日終わった…」とホッと息をついた瞬間に、隠れていた症状が一気に出てくることがあります。それが「前借り」の限界です。
次回・第4回は、この「前借り」した体をどうやって回復させ、心と体の健康を保つのか。いよいよ、具体的な「スイッチのオフ(リラックス)」の方法とセルフケアについてお話ししていきます。お楽しみに!
参考・引用文献
- 大阪大学 免疫学フロンティア研究センター (IFReC) プレスリリース (2014年) 『「病は気から」の分子メカニズムを解明:交感神経によるリンパ球動態の制御』 (※緊張やストレスを伝える交感神経が、リンパ球の体内移動をコントロールしていることを世界で初めて実証した日本の研究です)
- 厚生労働省 e-ヘルスネット 『ストレスと免疫』に関する解説記事(慢性的なストレスが免疫系に与える影響についての公的な情報)
- Dhabhar, F. S. (2014). “Effects of stress on immune function: the good, the bad, and the beautiful.” Immunologic Research. (※急性ストレスが免疫細胞の「最前線への大移動」を引き起こし、一時的に防御力を高めるメカニズムについての実証データ)


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